2010年10月09日

プラザ合意によるバブルの発生と崩壊3


この記事は「予備知識無しでもよく分かる経済解説」シリーズです。


貸し渋り・貸し剥がし

不良債権をたくさん抱え、自ら購入した土地の値段も大きく下落して、銀行は大変な損失を抱えました。

損失を抱えた銀行は、「貸し渋り」や「貸し剥がし」を始めました。

「貸し渋り」とは、企業が銀行からお金を借りたいと思っても、銀行がお金を貸すのを渋ることをいいます。

「貸し剥がし」とは、銀行がお金を貸している企業に対して、「お金を返してくれ」と迫りお金を取り返すことをいいます。

【解説】
 「貸し渋り」「貸し剥がし」について
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「貸し渋り」とは、企業が銀行からお金を借りたいと思っても、銀行がお金を貸すのを渋ることをいう。
「貸し剥がし」とは、銀行がお金を貸している企業に対して、「お金を返してくれ」と迫りお金を取り返すことをいう。
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なぜ、銀行は貸し渋りや貸し剥がしをするのでしょうか。

それは世界中の銀行に課せられている規制が原因なのです。その規制は「BIS規制」といいます。BISとは、"Bank of International Settlement"の略で、日本語で「国債決済銀行」といいます。

BIS規制とは、「自分の国だけで商売するのではなく、国際的に商売をしている銀行は、自己資本比率を8%以上に保たなければならない」という規制です。
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2010年10月08日

プラザ合意によるバブルの発生と崩壊2


この記事は「予備知識無しでもよく分かる経済解説」シリーズです。

バブル崩壊

土地の価格があまりにも極端に上昇していくため、日本銀行や政府は、「借金して土地を買うような動きをこのまま放置することはできない」と考えました。

日本銀行は、公定歩合を2.5%から6.0%まで上げました。公定歩合は、民間の銀行が日本銀行からお金を借りるときの金利です。公定歩合を上げるということは、民間の銀行がお金を調達するときの金利が上がるということです。

銀行は日本銀行から借りた金利よりも高い金利で企業に融資します。なぜなら、そうしないと銀行の儲けがなくなるからです。

企業は、お金を借りる金利が高くなると、お金を借りにくくなります。なぜなら、支払う金利以上にお金を儲けるあてがないと、損してしまうからです。

こうして、日本銀行は公定歩合を上げることで、銀行から企業へお金が回る量を減らすことができるのです。

こうした日本銀行の動きのほかに、政府も不動産バブルを抑えるための対策を取りました。政府は「不動融資総量規制」を発動しました。この「不動融資総量規制」は、銀行に対し土地を買うために使われる融資を制限する法律です。

不動産バブルは、銀行から借りたお金で企業が土地を買ったために発生しました。
「不動融資総量規制」はこのような動きを直接制限するものでした。

公定歩合の引き上げと不動産融資総量規制によって、日本銀行と政府の思惑通り、投機的に土地を買う動きはピタリとまりました。

しかし、ピタリと止まりすぎたことが問題となりました。土地や株の値段が急激に下落していったのです。
 
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2010年10月07日

プラザ合意によるバブルの発生と崩壊1

この記事は「予備知識無しでもよく分かる経済解説」シリーズです。


「プラザ合意」とは

1985年のG5(アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、日本の財務大臣と中央銀行総裁が集まる会議)において、「プラザ合意」という取り決めがなされました。

この「プラザ合意」とは、簡単に言うと「これからアメリカドルが安くなるように5ヶ国が協力しよう」と5ヶ国の間で合意したことをいいます。

そして、この「プラザ合意」が1980年代後半の日本バブル景気のきっかけとなりました。
どうして「プラザ合意」とバブル景気に関係があるのか、まずはプラザ合意の背景から見ていきましょう。
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2010年10月06日

中南米危機(1999〜2002年)

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資金流出の伝染

1998年のロシアのデフォルトは、世界中をパニックに陥れました。

世界中の投資家達は、「他の国もデフォルトするかもしれない!デフォルトする前に、投資資金を引き出さないと!」と考えました。

そして、新興国から資金が逃げ始めました。

まっさきにターゲットになったのはブラジルとアルゼンチンでした。

「ロシアの次にデフォルトする!」と心配されたブラジルやアルゼンチンの国債を持っていた投資家が、これらの国債を売却し、手に入れたブラジルやアルゼンチンの現金を、「世界で最も安全」と考えられていたアメリカドルへ交換したのです。
 
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2010年10月05日

LTCM破綻(1998年)

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1998年8月17日、ロシアは金利の支払いができずに、デフォルトを宣言しました。

「ロシアはIMFに救済されるからロシアはデフォルトしない」と予想して、大量のロシア国債を買っていたヘッジファンドはとてつもなく大きな損失を被りました。

ポンド危機や、アジア通貨危機では大儲けしてきたヘッジファンドでしたが、「IMFがロシアを見捨てる」ということまでは予想できなかったのです。

こうしてロシアはデフォルトし、ヘッジファンドは大変な損失を被りました。

そして、ノーベル経済学賞を受賞した2人のメンバーを持つ大手ヘッジファンド「LTCM」が破綻の危機を迎えました。
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2010年10月04日

ロシア危機(1998年)

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1917年にソ連が世界初の社会主義国となって以来1991年まで、ソ連は社会主義国としての道を歩んできました。

1992年1月1日、ソ連は解体され、旧ソ連はロシアとなり、社会主義国から資本主義国へと変わりました。

なぜ、ソ連は社会主義を捨てざるを得なかったのでしょうか。

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2010年10月03日

アジア通貨危機(1997年)

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1997年、アジア通貨危機が発生しました。タイの通貨であるタイバーツをはじめ、マレーシアリンギット、インドネシアルピア、韓国ウォンが大幅に下落し、これらの国々の経済は、相次ぐ企業の倒産や失業者の増加で大混乱に陥ってしまいました。

1992年のポンド危機から、たった5年しかたっていないのに、なぜこのような事が起きたのでしょうか。

実は、このアジア通貨危機が発生する前までは、アジアの国々は経済成長を遂げていたのです。そして、この経済成長のきっかけとなったのが、アメリカの「貿易赤字」でした。
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2010年10月02日

ポンド危機/ブラックウェンズデー(1992年)

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1973年に、アメリカドルを「基軸通貨」とする「固定相場制」が崩壊し、世界の通貨体制は「変動相場制」となりました。

「固定相場制」から「変動相場制」へ変わる過程では、アメリカが金本位制停止を宣言した「ニクソンショック」や、その後のアメリカドルの通貨切り下げ等、大きな混乱がありました。

この苦い経験から欧州は、アメリカドルだけに頼ることの危険性が認知しました。

しかし、アメリカの経済規模は圧倒的で、欧州の中にはアメリカの経済力に太刀打ちできる国はひとつもありません。

そこで、欧州全体で協力して一つの通貨を作れば、アメリカドルに対抗できる通貨になるのではないか、というアイデアが生まれました。続きを読む「ポンド危機/ブラックウェンズデー(1992年)」
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2010年10月01日

ニクソンショック、そして変動相場制へ

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第二次世界大戦後は、「金本位制を前提として、アメリカドルを基軸通貨とする固定相場制」、いわゆるブレトンウッズ体制という通貨体制がとられました。

第二次世界大戦が終わり、平和がおとずれた世界では、この通貨体制のもとで、順調に経済が成長していきました。

敗戦し、国土は焼け野原となった日本も、高度経済成長を成し遂げることができました。
しかし、この固定相場制は、1973年に終わりを迎えることとなりました。

固定相場制が終わった原因は何でしょうか。

それは、アメリカが行った朝鮮戦争ベトナム戦争と、日本の高度経済成長が関係するのです。
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