2012年01月18日

文体が与える内容への影響について

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私はブログの原稿を書くときは、最初は語尾を「だ。」「である。」で終わる文体で書いた後、「ですます調」に書き直しています。

内容を考えながら書いている段階で「ですます調」で書くと、人の目を過剰に意識した内容になってしまうからです。人にこびたり、人に良いところを見せよう、良い人だと思われようとする内容になってしまいます。
 

「ですます調」自体に、人に向かって書いているというスタンスが内包されているからだと思います。

「だ。」「である。」調で書くと、自分が自分のためだけに書いている気がして、嘘偽りのない自分の考えがストレートに内容に反映されます。

独り言をですます調でしゃべる人はいません(いたら見てみたい)。自分の考えを文章に書くときは、ですます調でなく、独り言や考えごとをするときとおなじ語法を使うべきだ、というのが私の考えです。

ではなぜ、その後わざわざ「ですます調」に変えるのでしょうか?

それは、自分の考えを世間に公開するからです。外に公開する限りは、それなりのマナーを守るべきだと考えます。

「である調」だと、なんとなく偉そうなものの言い方をしているような気がします。過去には「である調」のまま記事を公開したこともあるのですが、後から読んでみて、「なんか偉そうに書いてるな」と自分で自分の文章が嫌になったことがありました。

そういうわけで、私は、自分に正直な内容を書くために「である調」でドラフトを書き、他人様に失礼にならないように「ですます調」に書き換えて仕上げることにしています。

いつかは、直接「ですます調」で自分の考えをストレートにかけるようになりたいものです。

もしくは、「である調」で書いても無礼に見えないような、貫禄のある人間になりたいです。

そう私は思うのである。

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posted by Tabbycat at 21:33 | Comment(0) | TrackBack(0) | 知識・スキルを高める | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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